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東京地方裁判所 平成3年(ワ)9232号 判決

主文

一  被告らは原告に対し、各自四六三万七五四五円及び内金九〇万八四六〇円に対する平成三年八月一七日から、内金三七二万九〇八五円に対する平成四年二月八日から支払済みまで日歩五銭の割合による金員を支払え。

二  被告甲野花子は原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡し、かつ、平成四年五月二六日から右明渡済みまで一か月四五万四二三〇円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

理由

第一  請求

一  甲事件

主文一項と同旨

二  乙事件

主文二項と同旨

第二  事案の概要

本件は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件店舗」という)を被告甲野に賃貸している原告が、同被告及び同被告の債務を連帯保証している被告乙山に対し、本件店舗の未払賃料(平成三年四月分、五月分及び八月分ないし平成四年二月分の合計四〇八万八〇七〇円)及び未払電気・上下水道料金(平成二年六月一六日から平成四年一月二〇日までの分合計五四万九四七五円)及び右金員のうち平成三年四月分及び五月分の未払賃料合計九〇万八四六〇円に対する被告乙山への訴状送達の日の翌日(平成三年八月一七日)から、その余の金員合計三七二万九〇八五円に対する平成四年二月七日付訴状訂正(請求拡張)申立書の送達の日の翌日(平成四年二月八日)から支払済みまで約定の日歩五銭の割合による遅延損害金を求めた事案(甲事件)及び被告甲野に対し、賃料不払を理由に本件賃貸借契約を解除したことに基づく本件店舗の明渡しと解除の日の翌日(平成四年五月二六日)から右明渡済みまで賃料相当の使用損害金の支払を求めた事案(乙事件)である。

一  争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実

1  原告は、平成二年六月九日、被告甲野に対し、次の約定で本件店舗を賃貸した((一)、(四)、(五)の事実は争いがなく、(二)、(三)の事実は《証拠略》)。

(一) 賃貸借期間

平成二年六月一六日から平成四年六月一五日までの満二年間

(二) 使用目的

スナック営業等

(三) 賃料及びその支払方法

一か月当たり、賃料三九万七〇〇〇円、設備保守維持費五〇〇〇円、共益費三万九〇〇〇円、消費税相当額一万三二三〇円(以下「賃料等」という)とし、右合計額四五万四二三〇円を毎月二八日限り翌月分を原告の銀行口座に送金して支払う。

(四) その他の負担とその支払方法

前号の賃料等のほか、本件店舗の用益にかかる電気・ガス・上下水道料金を負担する。

(五) 被告甲野が(三)の賃料等の支払を遅延した場合、期限後支払済みまで日歩五銭の割合による遅延損害金を支払う。

2  被告乙山は、前項の賃貸借契約に際し、被告甲野の原告に対する前項(三)、(四)及び(五)の支払を同被告と連帯して保証する旨を原告に約した(争いがない)。

3  被告甲野は、賃料等の平成三年四月分、同年五月分及び同年八月ないし平成四年二月分の賃料等を合計した四〇八万八〇七〇円(四五万四二三〇円×九=四〇八万八〇七〇円)を支払わない。なお、被告甲野は、平成三年六月分の賃料等四五万四二三〇円を同年六月二六日に、また、同年七月分の賃料等四五万四二三〇円を同月三一日に、それぞれ東京法務局に弁済供託し、原告はこれを受領した(争いがない)。

4  平成二年六月一六日から平成四年一月二〇日までの間の本件店舗にかかる電気料金は、別紙電気料金表(一)記載のとおり、四六万七八七〇円であり、同期間中の上下水道料金は、別紙上下水道料金表(一)記載のとおり、合計八万一六〇五円である。

二  争点

本件店舗につき、エアコン、換気扇等の不具合により、被告甲野の営業に支障があつたかどうか、被告甲野及び同被告の本件賃貸借契約上の義務を連帯保証した被告乙山は、右営業上の支障を理由に本件店舗の賃料の全部又は一部の支払義務を免れるか。

(被告らの主張)

本件店舗は、飲食店舗として即使用可能な店舗として原告から賃借したものであつて、本件賃貸借契約締結の段階で既にクーラー・換気扇等の設備がなされていたところ、入店当初から右クーラー・換気扇の故障により休業を余儀なくされた上、数度にわたる換気扇の増設・交換等の修理の結果、飲食店としての営業が不可能になるほどの騒音、温度差という新たなトラブルが生じたのであり、被告甲野は、平成三年二月一六日、改めて店を開いたものの一月も経たずに店を閉めざるを得なくなり、現在に至るもスナックとしての営業はできないままである。賃貸借契約は、使用収益の対価として賃料を支払うものであつて、まして本件店舗のように内装設備を賃貸人において施した上高額な賃料で貸す場合には、賃借人をして使用収益させられるよう十分な配慮が必要である。しかるに、右のとおり、本件店舗は、当初から機器の性能に難があつて、被告甲野は、本件店舗を本来の用途に従つて使用収益できないのであるから、使用収益が可能になるまで、本件店舗の賃料の不払は許されてしかるべきである。

第三  争点に対する判断

一  《証拠略》によつて認められる事実は、次のとおりである。

1  被告甲野は、平成二年六月九日に本件店舗を借り受け、同月一七日頃からスナック営業を開始した。本件店舗には、もともと原告によつてエアコン及び換気扇等の備品が設置されていたところ、右開店当日、本件店舗内に設置されたエアコン(日立空冷ヒートポンプ式パッケージ型エアーコンディショナー-RCI~一〇〇H四型)が止まつてしまうというトラブルを生じ、直ちにその旨を原告に連絡した。原告は、翌同月一八日、業者を本件店舗に派遣して、ガス漏れ等の検査を行わせたが、特に異常はないとの報告が業者からあつた。その後も、被告甲野らからは、度々冷房や暖房がきかないなどエアコンの調子がよくない旨の連絡が原告宛になされた。原告は、その都度担当者や業者を本件店舗に赴かせて検査を実施し、ガスを注入したり、電熱盤を交換したりしたが、検査の結果異常のないこともあつた。

右エアコンは、ヒートポンプ式であるため、冬季など外気温が急激に低くなつた場合、ヒーターに霜がたまり霜取機が働くため、一時温風が出なくなることがある。

2  本件店舗内には、前記エアコンと同様、当初から厨房内と客席部分とに一か所ずつ換気扇が設置されていた。被告らは、平成二年六月二八日頃、本件店舗内の換気が悪く、店舗内に煙や臭いがこもるという苦情の申入れをしたため、原告は、同年七月二日に厨房内の換気扇の下部にある吸排気口の口径を拡げ、更に、同月一〇日には、厨房内の換気扇をより排気量の多いもの(従前は一時間四七〇立方メートルであつたが、一時間七三六立方メートルのもの)に取り替えた。

その後は、暫く被告らから換気についての苦情はなかつたが、平成三年一月末頃、被告らから更に本件店舗内の換気が悪い旨の申入れが原告宛になされた。原告は、同年二月一五日、本件店舗の入口付近に吸気用の換気扇、客席から厨房への排気用の換気扇を各一台増設し、排気機能を増強した。

なお、平成四年一一月に原告の依頼を受けた株式会社サンコー環境調査センターの環境調査士が本件店舗内の換気風量調査をしたところ、本件店舗内の室外に換気する換気扇の一時間当たりの換気回数(一時間当たりの換気風量を室内の気積で除したもの)は、通常のビルのオフィスにおける標準を満たしているとされている。

3  右の換気扇増設後、被告らから、今度は右増設によつても換気は一向に改善されず、かえつて騒音がひどくなつたとの苦情が出されるようになつた。平成三年八月六日に江戸川区環境部公害対策課の係員が本件店舗内で騒音測定を行つたところ、全機械を作動させた状態で、室内中央、地上一・六メートル地点での騒音レベルは五九ないし六〇(dB)Aであり、厨房側の換気扇を作動させてその一メートル、地上一・六メートル地点で七〇ないし七一(dB)Aであつた。また、平成四年一一月に、原告の依頼により株式会社サンコー環境調査センターが測定した騒音レベルも、右とほぼ同様であつた。なお、通常、人の話し声は、約六〇(dB)Aであり、カラオケは約九〇ないし一〇〇(dB)Aである。

4  本件店舗内の厨房の流し台の下には、排水中の脂肪分を除去するための容器(グリーストラップ)が設置されている。排水中の脂肪分やゴミは、そのまま下水管に流されずに右容器に溜まる構造になつているが、容器内には大きなゴミを濾過するための取り外し自由な中容器があり、七日から一〇日に一度これを取り出して掃除をしなければ、異臭を発することがある。原告は、被告らに対し、本件賃貸借契約契約当初には、これを定期的に掃除をする必要があるとの説明をしていなかつたが、本件店舗が入居しているビルの他のテナントからこの点の苦情があつたため、あらためて被告らにこれを説明した。

5  本件店舗が入居しているビルの他のテナントからは、右グリーストラップからの異臭の点を除き、換気扇やエアコン等の設備の不備による換気不良、温度差、騒音等の苦情の申入れはない。

6  被告らは、平成三年二月一五日に換気扇の増設が終わつてからは、一週間ないし一〇日間ほど営業を行つていたが、同年春頃以降は、本件店舗をスナック店舗としては使用しておらず、同年七月頃から暫く仕出弁当を作るために使用していたこともあつたが、現在はまつたく使用していない。

二  ところで、賃貸人は賃借人に対し、賃貸目的物の使用収益に必要な修繕をする義務を負い(民法六〇六条)、賃貸人が右修繕義務の履行を怠り、その結果、賃借人が目的物の使用収益を全くすることができなかつた場合には、賃借人は、右使用収益ができなかつた期間の賃料支払義務を免れると解されるが、右修繕義務の不履行が賃借人の使用収益に及ぼす障害の程度が一部にとどまる場合には、賃借人は、当然には賃料支払義務を右一部についても免れないというべきである。

これを本件についてみると、次のとおりである。

まず、エアコンの機能障害について、被告らは度々これを原告に訴え、原告は、その都度業者に依頼して検査をさせ、必要に応じガスを注入させたり電熱盤の交換をさせたりしているのであるが、特に異常が発見されないことも多かつたのであり、その後、被告甲野が本件店舗の賃料の不払を始めた平成三年四月頃以降における右エアコンの機能に障害があつたのか、仮にあつたとしてその程度がどの程度のものであつたのか、また、それが継続した期間はどの程度のものかは、本件証拠上不明である(平成三年一一月二九日に元被告代理人が本件店舗の状況を観察した結果を記載した報告書である乙二にも、この点はまつたく触れられていない)。したがつて、エアコンの機能に本件店舗におけるスナック営業をまつたく不能ならしめる程度の障害があつたとはいまだ認めがたい。

次に、換気扇の換気機能障害についても、被告らから度々原告に苦情の申入れがあり、原告は、右申入れに応じてより排気量の多い換気扇と取り替えたり、あるいは新たに換気扇を増設しているのであり、平成三年二月一五日の換気扇増設後は、専門家の調査によつても通常の排気基準に達していると判定されているのであるから、右換気扇の換気機能についても、本件店舗におけるスナック営業をまつたく不能ならしめる程度の障害があつたとは到底いえないというべきである。

次に、換気扇増設後の騒音についても、江戸川区環境部公害対策課の調査や原告の依頼した環境調査会社の結果はともに六〇ないし七〇(dB)A程度であるところ、本件店舗のようなスナックの場合、酔客の話し声やバックグラウンドミュージック、カラオケの音などが生ずることを避けることはできないのであつて、右のようなスナックを営業する上で避けることのできない音の大きさとの対比において、右換気扇等の発する音が本件店舗での営業がまつたく不能になるなどの甚だしい騒音と評価できるものでないことも明らかである。

また、流し台下のグリーストラップからの異臭については、中容器に溜まつた脂肪分やゴミを定期的に掃除したりすることによつて避けることができるものであり、このことをもつて、本件店舗の構造上の欠陥と解したり、原告の修繕義務違反を観念する余地のないものである。

そのほか、原告は、本件店舗が入居しているビルの他のテナントからは、右グリーストラップからの異臭のほか、本件店舗に設置された換気扇等の設備の欠陥について苦情が出たことがないことを考慮すると、被告らの主張する諸事情は、いずれも、スナック店舗としての本件店舗の使用収益をまつたく不可能にするような事情とはいえず、したがつて、被告らは、その間本件店舗で営業活動をしていると否とを問わず、本件店舗を占有する以上、その期間中の賃料支払義務を当然に免れるものではないというべきである。

もつとも、被告らの主張する諸事情が原告の修繕義務の不履行に基づくものであるとすれば、被告甲野は原告に対し、具体的な損害額等を主張・立証して、債務不履行に基づく損害賠償請求をすることができ、これと原告の請求する賃料債権との相殺を主張することはもとより可能であるが、被告らは、この点に関する主張を何ら行わない。

三  よつて、被告らは原告に対し、各自平成三年四月分、同年五月分及び同年八月分ないし平成四年二月分の未払賃料四〇八万八〇七〇円及び未払電気料金四六万七八七〇円と未払上下水道料金八万一六〇五円の合計四六三万七五四五円及びこのうち訴状で請求した平成三年四月分及び五月分の賃料等合計九〇万七四六〇円に対する被告乙山への訴状送達の日の翌日である平成三年八月一七日から、その余の金員に対する平成四年二月七日付訴状訂正(請求の拡張)申立書送達の日の翌日である平成四年二月八日から各支払済みまで約定の日歩五銭の割合による遅延損害金の支払義務がある。

四  また、原告が、平成四年二月七日付訴状訂正(請求の拡張)申立書(同日被告ら訴訟代理人に送達)をもつて、被告らに対し、平成三年四月分、同年五月分及び同年八月分ないし平成四年二月分の未払賃料と平成二年六月一六日から平成四年一月二〇日までの間の電気料金と上下水道料金を合計した四六三万七五四五円を請求した上、平成四年三月一七日付準備書面をもつて、本件店舗にかかる賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右準備書面は同年五月二五日、被告甲野に送達されたことは、当裁判所に顕著である。

したがつて、被告甲野は原告に対し、本件賃貸借契約の終了に基づき、本件店舗を明け渡し、かつ、右終了の日(解除の意思表示が被告甲野に到達した日)の翌日である平成四年五月二六日から右明渡済みまで一か月四五万四二三〇円の割合による使用料相当損害金を支払う義務がある。

五  よつて、原告の被告らに対する請求は、いずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中俊次)

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